公共LTE通信の不感地域における最適な通信技術の組み合わせ
要約
本レポートでは、農業の公共LTE通信の不感地域である中山間地域におけるデジタル化を推進するための通信技術について検討した。圃場での水位センサー、ため池の水圧センサー、鳥獣被害検知システム、自動散布ロボットの状態監視など、様々なユースケースに対して、代表的な通信方式の sXGP、LoRaWAN、簡易無線、WiFi HaLowなどの通信技術を運用コスト面も含めて比較・評価した。
因みに、上記の通信方式以外の通信方式について類似の方式を以下に示す。
■ sXGP : BWA (Broadband Wireless Access)と類似していますが、よりプライベートネットワークとしての利用に特化している。類似方式に、プライベートLTE、プライベート5G、CBRS (Citizens Broadband Radio Service)
■ LoRaWAN :LPWA (Low Power Wide Area) に分類され類似の通信方式として、NB-IoT (Narrowband IoT)、Sigfox、ZETA、LTE-M (Long Term Evolution for Machines)、Weightless
■ 簡易無線:手軽に利用できる無線通信システムで類似の通信方式として、特定小電力無線
■ WiFi HaLow (IEEE 802.11ah) :従来のWiFi(2.4GHz,5GHz,6GHz)よりも低い周波数帯(サブGHz帯:900MHz)を利用する、類似の通信方式として、Sub-GHz帯無線
調査・分析の結果、中山間地域の農業IoTには階層的な通信インフラ構築が最適であり、基本インフラとしてLoRaWANを整備し、必要に応じてWiFi HaLowを追加、特別なエリアに限定してローカル5G/sXGPを導入するという段階的なアプローチが費用対効果の高い解決策であることが明らかになった。
1. はじめに
1.1 背景と目的
中山間地域は日本の農業において重要な役割を担っているが、人口減少や高齢化により労働力不足が深刻化している。また、公共LTE通信の不感地域が多く存在し、デジタル化の推進に課題を抱えている。本レポートでは、中山間地域における農業デジタル化を推進するための通信技術について、運用コスト面も含めた総合的な検討を行う。
1.2 検討対象
農業IoTユースケース
- 圃場での水位センサー設置
- ため池の水圧センサー
- 鳥獣被害検知システム
- 自動散布ロボットの状態監視
検討対象の通信技術
- sXGP(shared Xtended Global Platform)
- LoRaWAN
- 簡易無線(特に400MHz帯)
- WiFi HaLow(IEEE 802.11ah)
- その他の2.4GHz帯、920MHz帯、400MHz帯の通信方式
2. 通信技術の特性
2.1 sXGP(shared Xtended Global Platform)
sXGPは自営PHSの後継として規格されたLTEベースの通信システムであり、プライベートLTEの日本標準規格である。
技術的特性
- 周波数帯: 1.9GHz帯(3GPP Band39)
- 通信距離: 約30~200m
- 消費電力: 動作時最大24W(基地局)
- 伝送速度: 下り約14Mbps
- 無線局免許: 不要(免許不要帯域を使用)
特徴
- Wi-Fiに比べて電波干渉が少ない
- 同じ周波数、同じ出力で送信した場合、LTEの電波が届く距離はWi-Fiの2倍以上
- 1つの基地局で4~5倍の面積をカバー可能
- 広範囲の施設や機器密集度が高い工場でも安定した通信を提供
2.2 LoRaWAN
LoRaWANはLPWA(Low Power Wide Area)の一種で、低消費電力と長距離通信を特徴とする通信技術である。
技術的特性
- 周波数帯: 日本では主に920MHz帯を使用
- 通信距離: 都市部では3~5km、見通しの良い環境では10km以上
- 消費電力: 非常に低消費電力(LPWAの特徴)
- 伝送速度: 低速(数kbps~数十kbps程度)
- 無線局免許: 不要(免許不要帯域を使用)
特徴
- 従来の短距離通信技術と比べて長距離通信が可能
- 1つの基地局で広い範囲をカバー可能
- 低消費電力で電池駆動のデバイスに適している
- セルラーの基地局を介さないで無線局免許不要のネットワークを構築可能
2.3 簡易無線(400MHz帯)
簡易無線は特定小電力無線の一種で、免許不要で使用できる無線通信システムである。
技術的特性
- 周波数帯: 400MHz帯(主に429MHz帯)
- 通信距離: 森林内では約3km程度
- 消費電力: 比較的低消費電力
- 伝送速度: 数kbps程度
- 無線局免許: 不要
特徴
- 植物による遮蔽の影響が小さい
- ハウス内でも受信率が高い
- 障害物の回り込み特性が良好
- 中山間地域の起伏のある地形でも比較的安定した通信が期待できる
2.4 WiFi HaLow(IEEE 802.11ah)
WiFi HaLowは920MHz帯を利用した新しいIoT向けのWi-Fi規格である。
技術的特性
- 周波数帯: 920MHz帯(サブ1GHz)
- 通信距離: 半径1km程度の長距離通信が可能
- 消費電力: 低消費電力(2W程度、従来のWi-Fiの20W程度と比較して大幅に低減)
- 伝送速度: 画像と映像を送信できる通信速度を備えている
- 無線局免許: 不要(免許不要帯域を使用)
特徴
- 2.4/5/6GHz帯のWi-Fiと比較して長距離通信が可能
- サブ1GHzの特長を活かして、壁やその他の障壁を回り込む特性がある
- 低消費電力でありながら、従来のLPWA技術よりも高速な通信が可能
2.5 周波数帯の特性比

3. 農業IoTの要件分析
3.1 水位センサー(圃場・ため池)

3.2 鳥獣被害検知システム

3.3 自動散布ロボット

4. 通信技術の組み合わせ評価
4.1 水位センサーの最適通信技術
主要通信技術: LoRaWAN
- 低消費電力で長距離通信が可能
- 小容量データ通信に最適化されている
- 920MHz帯は障害物の回り込み特性が良く、中山間地域でも比較的安定した通信が期待できる
- 電池駆動で長期間稼働可能
補完技術: 簡易無線(400MHz帯)
- 植物による遮蔽の影響が小さい(林業でも使われる所以)
- 障害物の回り込み特性が非常に良好
- 中山間地域の起伏のある地形でも比較的安定した通信が期待できる
構築方法
- 圃場やため池にLoRaWAN対応の水位センサーを設置
- 通信状況が特に悪い場所には400MHz帯の簡易無線を活用
- 必要に応じてLoRaWANの中継器を高所に設置
- 集約ポイントにLoRaWANゲートウェイを設置し、インターネットに接続
- 監視カメラの要望には伝送容量から対応できない(別の手段有り)
4.2 鳥獣被害検知システムの最適通信技術
主要通信技術: WiFi HaLow
- 920MHz帯で1km程度の長距離通信が可能
- 画像データの送信に十分な帯域を確保
- 低消費電力でありながら、従来のLPWA技術よりも高速な通信が可能
- 障害物の回り込み特性が良く、中山間地域でも比較的安定した通信が期待できる
補完技術: LoRaWAN
- 画像データを送信しない単純な検知情報のみの場合に最適
- 非常に低消費電力で長期間の電池駆動が可能
- 長距離通信が可能
特殊条件下での代替技術: 簡易無線(400MHz帯)+ 中継器
- 特に植物が密集する環境や山間部での通信に適している
- マルチホップ機能により、電波が届かない山間部でも通信が可能
- 電池駆動で持ち運びと設置が容易
構築方法
- 画像データを送信する必要がある場合はWiFi HaLow対応のカメラシステムを設置
- 単純な検知情報のみの場合はLoRaWAN対応のセンサーを設置
- 特に通信状況が悪い場所には400MHz帯の簡易無線とマルチホップ中継器を活用
- 集約ポイントにWiFi HaLowアクセスポイントとLoRaWANゲートウェイを設置
4.3 自動散布ロボットの最適通信技術
主要通信技術: ローカル5
- 低遅延でリアルタイム制御に対応
- 大容量データ通信が可能
- 安定した通信品質を確保
- 専用の周波数帯を使用するため干渉が少ない
補完技術: WiFi HaLow
- 920MHz帯で1km程度の長距離通信が可能
- ローカル5Gの導入が困難な場所での代替として
- 画像データの送信に十分な帯域を確保
- 障害物の回り込み特性が良く、中山間地域でも比較的安定した通信が期待できる
バックアップ技術: sXGP
- 施設内や近距離での高速通信に適している
- 免許不要で導入が容易
- WiFi比で電波干渉が少ない
- 主要な作業エリアにローカル5G基地局を設置
- ローカル5Gのカバレッジ外の領域にはWiFi HaLowアクセスポイントを設置
- 施設内や近距離での通信にはsXGPを活用
- 自動散布ロボットには複数の通信モジュールを搭載し、利用可能な最適な通信方式を自動選択
構築方法
4.4 階層的な通信インフラ構築の考え方
基幹ネットワーク層
- ローカル5G: 主要エリアをカバー、高速・低遅延通信が必要な自動散布ロボット向け
- 光ファイバー: 基地局間のバックホール回線として
広域カバレッジ層
- WiFi HaLow: 1km程度のカバレッジ、画像データ送信が必要な鳥獣被害検知システム向け
- LoRaWAN: 広域カバレッジ、低消費電力の水位センサー向け
補完ネットワーク層
- 簡易無線(400MHz帯): 特に植物が密集する環境や山間部での通信向け
- sXGP: 施設内や近距離での高速通信向け
中継・バックホール戦略
- 高所(山頂、電柱上部など)にLoRaWANゲートウェイやWiFi HaLowアクセスポイントを設置
- 太陽光発電+バッテリーによる自立電源システムの活用
- 既存の携帯電話網を活用したバックホール回線の確保
- メッシュネットワーク技術の活用による通信範囲の拡大
5. 運用コスト比較
5.1 各通信技術のコスト分析

5.2 農業IoTユースケース別のコスト比較
水位センサー
最適解: LoRaWANが最も費用対効果が高い。必要に応じて簡易無線(400MHz帯)を補完的に利用。
理由: 初期導入コスト・ランニングコストともに低く、5年間の総所有コスト(TCO)が最も低い。
鳥獣被害検知システム
最適解: 画像データを送信する場合はWiFi HaLow、単純な検知情報のみの場合はLoRaWANが最も費用対効果が高い。
理由: WiFi HaLowは中程度のTCOで画像データ送信が可能、LoRaWANは低TCOで単純な検知情報の送信に最適。
自動散布ロボット
最適解: 理想的にはローカル5Gだが、コストを考慮するとWiFi HaLowが現実的な選択肢。
理由: ローカル5Gは非常に高いTCOだが性能は最高、WiFi HaLowは中程度のTCOで比較的高い性能を提供。
5.3 コスト最適化の提言
段階的導入
- まずはLoRaWANを基本インフラとして整備
- 次にWiFi HaLowを必要なエリアに追加
- 最後に重要エリアにローカル5G/sXGPを限定導入
共同利用モデル
- 複数の農家や地域で共同利用することでコストを分散
- 自治体や農協などの支援を活用
- 国の補助金制度の活用
ハイブリッドモデル
- 複数の通信技術を組み合わせて最適化
- 各ユースケースに最適な通信技術を選択
- 通信インフラの共有によるコスト削減
自立電源システムの活用
- 太陽光発電+バッテリーによる自立電源システムの導入
- 電源インフラ整備コストの削減
- 長期的な電力コストの削減
6. 総合提案:中山間地域における農業デジタル化のための通信技術
6.1 基本方針
中山間地域における農業デジタル化を推進するためには、以下の基本方針に基づいた通信インフラの構築が推奨される。

6.2 ユースケース別の具体的提案
水位センサー(圃場・ため池)
主要通信技術: LoRaWAN
補完技術: 簡易無線(400MHz帯)
構築方法:
- 圃場やため池にLoRaWAN対応の水位センサーを設置
- 通信状況が特に悪い場所には400MHz帯の簡易無線を活用
- 高所にLoRaWANゲートウェイを設置し、広域をカバー
- 太陽光発電+バッテリーによる自立電源システムを活用
- カメラ監視を行いたい:エッジAI処理により画像データの送信量を削減 (推し)
鳥獣被害検知システム
主要通信技術: WiFi HaLow(画像データ送信が必要な場合)/ LoRaWAN(単純な検知情報のみの場合)
補完技術: 簡易無線(400MHz帯)+ 中継器
構築方法:
- 重要な監視ポイントにWiFi HaLow対応のカメラシステムを設置
- 広域の検知には低コストのLoRaWAN対応センサーを分散配置
- 特に通信状況が悪い場所には400MHz帯の簡易無線とマルチホップ中継器を活用
- エッジAI処理により画像データの送信量を削減 (推し)
自動散布ロボット
主要通信技術: WiFi HaLow(コスト重視の場合)/ ローカル5G(性能重視の場合)
補完技術: sXGP(施設内や近距離での通信)
構築方法:
- 主要な作業エリアにWiFi HaLowアクセスポイントを設置
- 特に重要なエリアに限定してローカル5G基地局を設置
- 施設内や近距離での通信にはsXGPを活用
- 自動散布ロボットには複数の通信モジュールを搭載し、利用可能な最適な通信方式を自動選択
6.3 通信インフラの全体構成
基幹ネットワーク (4GLTE公衆網の不感地帯を想定)
- 集落や主要拠点を結ぶ光ファイバー網
- 主要な作業エリアをカバーするWiFi HaLowアクセスポイント
- 広域をカバーするLoRaWANゲートウェイ
アクセスネットワーク
- LoRaWAN: 水位センサー等の低消費電力・小容量データ通信
- WiFi HaLow: 鳥獣被害検知カメラ等の中容量データ通信
- ローカル5G/sXGP: 自動散布ロボット等の高速・低遅延通信
電源インフラ
- 太陽光発電+バッテリーによる自立電源システム
- 低消費電力設計による長期間のバッテリー駆動
- 省電力モードの活用による電力消費の最適化
6.4 導入・運用に関する提言
導入フェーズ
- 計画フェーズ:
- 地域の電波環境調査
- 農業IoTの要件定義
- 通信インフラの設計
- 初期導入フェーズ:
- LoRaWANを基本インフラとして整備
- 水位センサー等の基本的なセンシングシステムの導入
- エッジPC等のデータ処理装置を介し小規模な実証実験による効果検証
- 拡張フェーズ:
- WiFi HaLowの追加導入(LoRaWANとの中継機)
- 鳥獣被害検知システム等のセンシングシステムの導入
- 通信範囲の拡大と安定化
- 高度化フェーズ:
- データ監視・分析を行うクラウドサービスへの接続を検討
- データ監視・分析を行うエッジ・サーバーの導入を検討
- データ処理にAIを導入し監視のみならず分析・予測を検討
運用・保守
- 地域の農協や自治体による共同運用・保守体制の構築
- 遠隔監視システムによる通信インフラの状態監視
- 定期的なメンテナンスと更新計画の策定
コスト削減策
- 複数の農家や地域での共同利用によるコスト分散
- 国や自治体の補助金制度の活用
- 段階的な導入による初期投資の分散
- 自立電源システムの活用による電力コストの削減
結論
中山間地域における農業デジタル化を推進するためには、各ユースケースの要件に応じた適切な通信技術の選択と組み合わせが重要である。現時点で入手し易い通信方式において、水位センサーにはLoRaWAN、鳥獣被害検知システムにはWiFi HaLowとLoRaWANの組み合わせ、自動散布ロボットにはWiFi HaLowとローカル5Gの組み合わせが最適と考えられる。
また、運用コスト面を考慮すると、基本インフラとしてLoRaWANを整備し、必要に応じてWiFi HaLowを追加、重要エリアに限定してローカル5G/sXGPを導入するという階層的・段階的なアプローチが費用対効果の高い解決策と考えられる。
中山間地域特有の課題(電波条件の悪さ、地形の起伏による電波遮蔽、電源インフラの不足など)に対しては、400MHz帯の簡易無線の活用、高所への中継器設置、太陽光発電+バッテリーによる自立電源システムの導入などの対策が有効である。
これらの通信技術を適切に組み合わせることで、中山間地域における農業デジタル化を効果的かつ経済的に推進することが可能となる。
データ処理基盤
農業デジタル通信網が整備できて、検知したデータをスマホで可視化したり、データを整理・分析してダッシュボードに表示したりする、データ処理基盤が遠方にあるクラウド等の場合、通信網をインターネットや通信会社のネットワークを経由する必要があるので、光回線、4GLTE等の公衆網に接続する為の中継機ルーター等の装置が別途必要になります。
一方で、農業デジタル通信網の中にデータ処理基盤を設置して完全な自営閉域網として、公衆網利用料金を節約しつつ悪意ある不正アクセスから守る取り組みも始まっています。
© 2025 中山間地域における農業デジタル化のための通信技術検討
以下のリンクより、AIエージェントがまとめたWebをご覧になれます。
https://xrwcjmmh.manus.space/
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